走りだす前の長い準備運動
皆さんこんにちは。本日のブログはM.M.がお届けします。
街を吹き抜ける風に秋の気配を感じる季節になりました。朝晩の空気が心地よくなってくると、ふと頭をよぎる思いがあります。
「最後に息を切らすほど身体を動かしたのは果たして、、、」。
「走る=苦行」になった、あの日
数年前に友人の強引な勧誘にあい、人生で初めてハーフマラソンに挑戦しました。そういえば、短距離より長距離の方が性に合ってたな、などと安請け合いしたのですが、「完走したら新しい自分に出会えるかも」なんて思いは束の間。
甘くない現実にどうにかゴールテープを切った私の脳裏には、「走る=苦行」の図式が出来上がってしまったのです。走るという行為が大きく遠のいた瞬間でした。それ以来、ジョギングとは、穏やかで確実な距離感を保ち続けてまいりました。
時がもたらした、静かな心境の変化
ですが、時というものは不思議な心境の変化をもたらします。デスクワーク中心の日々で着実に体力の衰えを感じるにつれ、あるいは秋の心地よい空気に背中を押されるようにして、あの苦い記憶がどこか愛おしく思い出されるようになってきたのです。
「10kmからゆっくり軽やかに始めたら、あの日見れなかった景色が見れるかもしれない」そんな思いが、静かに芽生え始めています。
大人の嗜みとして、無理のないリフレッシュを
もちろん、今さらタイムを競うつもりも、自分を追い込む気もありません。目指したいのは、頭をクリアにする時間であり、しなやかな体力を養うための心地よいリフレッシュです。
一度トラウマを味わったからこそ、無理のない上質な習慣として生活に取り入れる準備を、少しずつ進めたい、そんな気持ちが湧き上がるようになりました。苦い記憶を笑い飛ばしつつ、新しい形で向き合ってみる。それも一つの大人の嗜みかもしれません。
秋の夜長と、新しい習慣
などと、もっともらしい理屈を並べてみましたが、要するに「走る前の言い訳と準備運動」を楽しんでいる段階です。
この秋、無事にジョガーとして一歩を踏み出せるのか、それとも秋の夜長を読書とお菓子の時間で終えてしまうのか。春を迎える頃、また報告させていただきます。
新しい習慣。ぜひ皆さんもこの気持ちの良い季節に何かはじめてみませんか。